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江藤淳と加藤周一

昭和35年発行の江藤淳氏の著書『日附のある文章』に江藤が加藤と会談した時の体験記が載っている。以下はその一部。加藤氏は日本のノッペリした集団主義の中で鴎外や漱石を正しく受け継ぐ、西欧的な個人主義の、優しく孤独だがそれに耐える勇気を持っている貴重な人・・・みたいな話。

私はやはりこの眼光のするどい多才な紳士のなかにいくばくかの鴎外のイメイジをみずにはいなかった。それはつまり加藤氏が当代まれにみる「ハイカラ」な人だからにちがいない。
(中略)
彼らは外国人をすこしもおそれない。それは彼らが外国語の素養と一種の相対主義を身につけていたからであり、慨して冷静な合理主義者だったからである。このような「ハイカラ」の伝統が加藤氏のなかに生きている。それは決して、西欧かぶれとか、外国通とかいうものではない。
(中略)
知的日本は、どうやら明治から今日まで屈折したコースをたどりながら近代から現代へではなく、近代から中世をへて原始時代に戻りつつあるようにもみえる。それはまた都市が農村に併呑されていく過程でもあるだろう。そして、表面的な都市の膨脹や機械文明の進展のうらに、この逆反応現象があるということは間題を一層複雑にしている。このような状況のなかで加藤周一氏が真の「ハイカラ」の伝統を正統に継承していることには貴重な意味がある。それは丸山真男氏が個人主義の孤塁を守り通そうとしているのと軌を一にしているが、しかし、加藤氏の「ハイカラ」の論理をもってして、はたしてわれわれの周囲に氾濫している心情的なエネルギーを望ましい方向にむけることができるだろうか?私はそのことに悲観的であり、また丸山氏や加藤氏の目的はおそらくそのような行動にあるのではない。鴎外とはいささかことなった意味で、彼らもまた深いレジグナチオン(諦念)を心の底にひめた人々である。