アリス・W・フラハティ『書きたがる脳』

書きたがる脳 言語と創造性の科学

書きたがる脳 言語と創造性の科学

ブログをやっている人で突然スランプになって書けなくなるという経験がある方はおらんだろうか。調子のいい時はどんどんアイディアが浮かぶのに、書けない時はまったく書けない。モニタに向かうのも気が重い。で、しばらくブログを放置、みたいな。本書はそういう書きたいという衝動や独創的なアイディアが生まれるメカニズムを神経科医である筆者が明らかにしようという試みである。
解説がモギケンで、帯にも「秀逸なロマンティック・サイエンス」と書いているが、「ああ、そういう人?」と思ってはいけません。たしかに厳密な科学論文ではなくモギケンが好みそうな想像力に富んだ内容ではあるけど、筆者はかなり実証主義的な考え方が備わっている人である。今わかっていることを踏まえつつ、そこからちょっと飛躍した仮説を立ててみる、というバランスのいい非常に僕好みの書き手だった。
筆者のアイディアの核は感情をつかさどる大脳辺縁系と言語をつかさどる側頭葉とが密接な関係があるというもの。筆者はスティーブン・ピンカーの『言語を生み出す本能』から「書きたいという欲求はコミュニケーションしたいという衝動から派生した二次的な衝動」という一文を引用しているが、たしかに気分が落ち込んで他人と会いたくない時、自分が情けなく思えるときは書きたいという意欲も消失する気がする。筆者は書き出したらとまらない=ハイパーグラフィア、書きたいのに書けない=ライターズブロックという言葉を使っているが、実際うつ病の典型的な症状がライターズブロックで、多作な作家や芸術家には躁病・躁うつ病だった人が多かったんだとか。まあ統計を取ったわけではなく事例研究というやつですが。たとえばドストエフスキーは側頭葉てんかんだったというエピソードが紹介されたりする。
ライターズブロックの対処法も紹介されていて、完璧主義を緩和するとか、内なる批評家を沈黙させるとか、質はおかまいなしでできるだけ多くのアイディアを書きとめるなどがあり、書くという行為を脳神経科学から考えたい人やブログをやっていてスランプにおちいる人などにはぜひ勧めたい一冊だ。