幹細胞医学が見る夢


先日第49回日本SF大会の市民公開講座「幹細胞医学が見る夢」に行ってきたのでちょっとその話でも。

ちなみに会場でもらったパンフレットみたいなのに書いてあるのがこれ。↓

SFというジャンルはメアリー・シェリーの手による『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』に端を発するともいわれ、生命科学とも切り離せない縁を持っています。今回は再生医療というフィールドを中心に、慶應義塾大学グローバルCOE「幹細胞医学のための研究教育拠点」とTOKON10ジョイント企画として、生命科学の現在とSFを縦横無尽に横断しながら、身体の、そして科学の未来を考察してゆきます。

作家の瀬名秀明氏、ブレイン・マシン・インターフェースBMI)研究で知られる牛場潤一氏、慶大からiPS細胞研究の第一人者・岡野栄之教授の順で講演が行われた後、東浩紀さんを加えた4名でパネルディスカッションという流れ。

個々の発表も面白かったけど別にベタな科学フェチというわけではないので人文系の東さんも迎えたパネルディスカッションを中心に。SFと生命科学の関係について。

岡野さんらは堂々たる講演・発表の後だというのに、東さんを前にして厳しいツッコミを予想し突然遠慮気味になっていたのをさっと見抜いたのか東さんは「なんだか岡野さんたちがディフェンシブになっているようなんですが、ぼくは科学を倫理で抑えようとかそういうつもりはまったくなくて」と先制攻撃(?)。東さんは「倫理対科学技術という対比には意味がない。どう段階的にスライドしていくか」と発言。

科学の暴走にツッコミを入れるというのが人文系の役割と認識してたのだが、そんな緊張感や摩擦はまったくなく面白そうにいろいろ質問する東さんよりむしろ生命科学者陣のほうが保守的というムードは最後まで続いた。あまり知られていないが東さんは下條信輔さんや藤井直敬さんといった科学者とも対談・交流があったりする。

で、東さんが「一番インパクトがあった」というのが生殖の話。岡野さんの講演にあった、たとえ男性であっても、ES細胞から精子卵子も作れるので、男性同士、女性同士の子供もつくることができるという話で、これはフェミニズム論とか少子高齢化の話とか全部爆風ですっ飛ばす可能性もあるわけで、個人的にも一番印象に残った。実際アメリカの保守派の中にES細胞の研究に反対の人も多いらしい。自分も正直容易に受け入れがたいものがあるのだが、何十年後にはそれが当たり前となっている可能性もある。そうなると恋愛とか家族形態も根本的に変わるんだろうな、とかぼんやり思う。「昔の人は自然生殖なんて恐ろしいことをやっていた」「冗談だろ?動物じゃないんだから」なんて語られる時代がくるかもしれない。

そーゆー話をSFの話とどう接続させたかというと、なかなか難しいようで、東さんは「BMIとか身体感覚の変容を書こうとするとSFより純文学のほうが親和性が高い」「宇宙に行くとかはOKだが生命・脳科学とかだとキモになる所をいじっちゃわないといけないから…むずかしいなーーと(笑)」「エンターテイメントにしちゃうと岡野さんの研究のラジカルなところが失われちゃうんですよね…」と呻吟しつつ言葉を生み出していた。たしかに科学といってもいろいろあるのにSFの多くは科学小説というより(特定の)技術小説って感じがする。誰か挑戦してみませんか。岡野教授の研究のSF化。

最後に東さんが、思想はこういう先端の研究に向き合えなくなっている、身体論とかは思想だとメルロ・ポンティあたりだと思うがそれから何かあったかというと特に思いつかない、20世紀後半の思想は社会の変化に対応するのに手一杯だった、こういうことを思想的に考えていこうと思ったという発言をしておしまい。