『成長なき時代の「国家」を構想する ―経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン―』
予約していたのが届いたので。
中野さんは「思想色が強い(実践的な内容より今はそっちのほうが求められてるから)」と書いてましたがほどよく思想的・理論的、ほどよく実践的という感じでしょうか。統計データとかはあまり出てこないタイプです。ところでタイトルにあるオルタナティヴという言葉、ちょっと注意が必要かもしれない、と思った。たとえばベーシック・インカムをオルタナティヴと思っている人だっているだろうけど後述するように萱野稔人氏にとってはベーシック・インカムを否定することがオルタナティヴなのだ。だから、はじめにいっておくと、一冊を貫いて、オルタナティヴという言葉に「経済成長を最上の目標とする考え方に対する」とかつけるべきといえるかもしれない。あと統計ベースな経済学者に突っ込まれるのでは、と思ったら田中秀臣さんがブログで好意的に取り上げてて意外だった*1。
序 ――成長という限界 中野剛志
第I部 経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン 中野剛志
まず70〜80、90〜00年代の経済政策ヴィジョンの変容が振りかえられる。冷戦体制が終わって市場主義寄りになるんだけどシフトするまでの文脈が、インフレが問題だった欧米とは違って日本じゃデフレが問題だったのに、とか、まあここら辺は基本だったのでさくさく読んだ。その後タイトルの「経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン」について、「低成長社会を前提にすること」とか「その上で国民福利の向上を目的とする」「それには哲学的考察が必要」といった説明がされる。誤解を回避するため「脱・生産主義ではなく生産主義の再定義なのだ」みたいなのが多い。みなさん、誤解しないでね。繊細に考えていらっしゃいますよ。
第II部 「オルタナティヴ・ヴィジョン」の諸論点
■「豊かさの質」の論じ方――諦観と楽観のあいだ 佐藤方宣
「経済成長もうやめようぜ」という人たちには「本当の豊かさを求める派」と「そもそもこれ以上成長無理だろ派」に分かれるらしい。GDPならぬ豊かさの指標をつくろうという試みの歴史が紹介される。HPIとかPLIといった指標がつくられたが「なぜ我々の地域のランクが低いのだ」的な文句がきたりしてどうもかんばしくないようだ。
■低成長下の分配とオルタナティヴ・ヴィジョン 久米功一
労働と報酬についての価値規範を見直そうぜ、という話。「出自を問わず見合っただけの報酬と地位が与えられるというアメリカンドリームは機会の平等ではなく経済成長の産物だった」というデヴィッド・シプラーの発言を低成長だから見直す必要があるという文脈で引用しつつ、関係的な自律性、社会的役割の負荷、プロセスで生じる福利を提示していた。
■幸福・福利・効用 安藤 馨
学術色が強い上、内容も異彩を放っていた。福利や幸福について考える際の手掛かりとなる概念的枠組を紹介する。というか学術用語がまじわからんなー。福利論には5つの立場があって、主観主義福利論と客観主義福利論にわかれるのだとか。ウェーバーの「暴力装置」ですらあれだけの騒ぎになったのに一般人にどれだけ使いこなせるのだろう。。
■外国人労働者の受け入れは、日本社会にとってプラスかマイナスか 浦山聖子
外国人労働者の受け入れをめぐる論争について書かれてる。西欧は受け入れ時点では問題がなかったなど日本との違いとか。プラス評価の人とマイナス評価の人では、経済的観点でみるのと地域のルールとの摩擦・文化的な問題を重視しているかで、それぞれ、みているものが違ってて、すれ違っているんじゃね、みたいな話。
■配慮の範囲としての国民 大屋雄裕
能動的な参加の自由ではなく、受動的な、国家が配慮すべき存在としての国民の範囲を問うている。
血縁主義<包含主義<永住者主義<コスモポリタニズム の順に広い。
真ん中2つの違いがわかりにくいのだが、前の文化のままでもいいよ、というのが永住者主義で、郷に入りては郷に従いなさいよ、というのが包含主義、かな。
■共同体と徳 谷口功一
前半はロールズ、ノージック、サンデルといった法哲学、現代政治哲学の概略が書かれてて、いい復習になった。後半、宮台真司氏の『日本の難点』を紹介した後、それに対して「リベラルな徳(virtue)は可能か」という問題が提起される。リベラリズムは「徳の倫理学」つまり徳に関する議論を所与の前提とした立場に対する最大の批判者だったという。谷口氏はそれについて、儒学的なるものをヒントに「統治者/被統治者」という区分を導入することで乗り越えようとする。ところで谷口氏はよく文章中に文化的表象として映画を挙げることがあるのだが、おそらく映画が詳しい方なのであろう。
■「養子」と「隠居」――明治日本におけるリア王の運命 河野有理
二葉亭四迷や重野安繹、徳富蘇峰といった明治時代の学者、作家の文章をひいて、家族の概念を再考し、そこから社会の構想へ敷衍する。学者というより、批評家の文章のようである。日本の"イエ"は血縁ではない、社会学用語で言うとゲマインシャフトではなくゲゼルシャフトであると。ゲマインシャフト・ゲゼルシャフトというのは社会学者のフェルディナント・テンニースが提唱してて、利害関係に基づくのがゲゼルシャフトで、人間に本来に備わる「本質意志」で結合する有機的な共同社会がゲマインシャフトね。
■オルタナティヴ・ヴィジョンはユートピアか――地域産業政策の転換 黒籔 誠
地域産業政策を例にとって国民福利を掲げる「オルタナティヴ・ヴィジョン」の実現可能性を検討する。ロバート・パットナムの提唱した「社会関係資本」をキーワードに地域産業政策の具体例をみていく。結果としては部分的にではあるが現実のものとなりつつあるもよう。
■"生産性の政治"の意義と限界――ハイエクとドラッカーのファシズム論をてがかりとして 山中 優
GDPそれ自体をのばす生産主義的福祉論はもう終わりで、社会的威信感情の問題に目を向けよ、という主張。途中のハイエクやドラッカーのファシズム論が面白い。
■なぜ私はベーシック・インカムに反対なのか 萱野稔人
ええっと、反対の根拠のキモは仕事を通じた社会参加には他の方法による社会参加にはない特別な意義がある、というものですね。ハンナ・アーレントみたいな…。ベーシック・インカム論者といえば東浩紀氏がいますが、彼はアーレント的な"人間"は終わったっていってる人ですからね。彼を説得するのなら、まずは動物化論を論破する必要がありそうです。いや、萱野氏は東氏disったとかじゃないですよ。東氏の名前も出てこないです。念のため。
■低成長時代のケインズ主義 柴山桂太
ケインズを捉え直す試み。「マクロ政策で雇用創出してヒャッハー」みたいな一般のケインズ理解がいかに大ざっぱかわかる。ケインズのジョン・ロールズ的側面に光を当ててる。
■ボーダーレス世界を疑う――「国作り」という観点の再評価 施 光恒
グローバル化批判なのだが、「啓蒙主義的な人間社会の進歩の見方が〜」とかでなんだか既視感が…。カナダの政治学者キム・リッカの話は新鮮だったけど。
■グローバル金融秩序と埋め込まれた自由主義――「ポスト・アメリカ」の世界秩序構想に向けて 五野井郁夫・安高啓朗
経済社会学の「埋め込み(embeddedness)」概念に注目してグローバル金融秩序を読み解く。初期はケインズ的だったが、後にアメリカの自由化目標にシフトしたIMFの目的と活動の変容を描いたり。カール・ポランニーの「埋め込み」は経済社会学で人気あるのだとか。つ凸<へー。へー。へー。
第III部 討議「経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン」をめぐって
中野剛志・松永和夫・松永明・大屋雄裕・萱野稔人・柴山桂太・谷口功一
韓国の格差の話とか、イギリスやフランスでも新しい指標が模索されてるとか、目的ではなく個の潜在能力を高める手段としての共同体が要求される、とか。いちおう読んだけどこれまでの論考で語られてきたことの再確認みたいな感じです。
こんなとこか。
なにか思いついたら追記するかもしれない(し、しないかもしれない)
成長なき時代の「国家」を構想する ―経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン―
- 作者: 中野剛志,佐藤方宣,柴山桂太,施光恒,五野井郁夫,安高啓朗,松永和夫,松永明,久米功一,安藤馨,浦山聖子,大屋雄裕,谷口功一,河野有理,黒籔誠,山中優,萱野稔人
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