中山康雄『現代唯名論の構築』

人文書院のブックガイドシリーズの『科学哲学』を書いていた中山康雄氏による、自身の考えをかなり前面に打ち出した勝負の一冊。『科学哲学』もよかったが、本書もいい。

ところでこの本、タイトルはいまいちな気がする。「唯名論」という字を見てもなんとなく中世の哲学を想起する人が多いのではなかろか。なので強調しときたいのだが、内実はサイダー*1デイヴィドソン形而上学やミリカンやジェグォン・キム、デネットらの心の哲学なんかが登場するなかなかとんがった一冊である。主に分析哲学のツールを使ってはいるが、ハイデガーやガダマーといった面子を援用する場面もあり、本書は分析哲学に収まらないものとなっているようにも思う。

中山氏の哲学は

多元的言語論+ハイデガーの「世界内存在」+非還元的物理主義+メレオロジー+四次元主義+クワインの「ホーリズム

……などなど、新旧さまざまなツールを駆使した独自の唯名論であり、そこから心の哲学、出来事の存在論、歴史の哲学などを統一的に把握しようとするもの。また、5章「事実の諸相」に出てくる「物理的事実・内省的事実・社会的事実」のアイデアポパーの三世界論の強化版といえるかもしれない*2

本書は海外の哲学の紹介にとどまらずかなり冒険してるし*3、一見整合的にみえるが、疑問もないではない。相対性理論やハイレベルな分析形而上学の部分など、自分の手に負えないところはとりあえず置いといて、中山氏の仕事に敬意を表しつつ、自分に言及できる範囲でひとつだけ。

中山氏の科学哲学的な意味における合理主義/相対主義の立場といえば微妙で、基礎的な部分で物理主義をとることで低レベルの相対主義を回避してるのだろうけど、中山氏の多元的言語論はかなりプラグマティックなもので、(限定されてるとはいえ)素朴心理学、素朴物理学までも認めちゃうってのは……大丈夫なん?ってのがある。すなわち「物理主義的な語りと整合的な素朴心理学」と「完全にトンデモな素朴心理学」ってそんなに簡単に分けられるものだろうか?てなことを思ったわけです。

でも、この本おもしろいすよ。「本書は現代哲学をテーマにしているが、古代哲学や中世哲学に関心を抱く人にも、本書を読んでいただければ幸いである」とのこと。


現代唯名論の構築―歴史の哲学への応用 (現代哲学への招待)

現代唯名論の構築―歴史の哲学への応用 (現代哲学への招待)

*1:サイダーは四次元主義&形而上学実在論の立場だが中山氏は四次元主義&唯名論の立場をとる

*2:中山氏がそう書いているわけではないが

*3:自称「無謀で壮大なひとつの思考実験」(まえがきより)