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ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン― 「言語本能」を超える文化と世界観』

ピダハンというのはアマゾンの奥地に暮らす少数民族

元々言語研究のためというよりキリスト教者として聖書をピダハン語に翻訳してピダハンの人々に布教するためにピダハンの村に赴いた著者だったが、やがて現存するどの言語とも似ていないピダハン語と彼らの暮らしぶりのユニークさに惹かれ、ついには無神論者に転向してしまう。

右のキン肉マンに出てくる超人・アトランティスを思わせる(そんなことはない)おっさんがエヴェレットだ!
写真だけ見るとイロモノっぽいが(失礼)ピッツバーグ大学の言語学部長も務めたことのある学術論文を数多く発表している言語学のえらいせんせいです。

原著のタイトルは"Don't Sleep, There Are Snakes"で、これはピダハン流の「おやすみなさい」の言い回し。
amazon.comでは☆5を大量にげっとしている。あぁ、ジョン・サールやピンカーも褒めてんだねえ。
まあ、エヴェレットの説はピンカーの説と言語学上ぶつかるものであるのだが。

Don't Sleep, There Are Snakes: Life and Language in the Amazonian Jungle [Hardcover]
http://www.amazon.com/dp/0375425020

追記
過激な主張をそのまま信用してしまうのはとてもまずい、という意見も見かけました。たしかにそうですね。これもはっておきましょう。
ピンカーがエヴェレットの主張の強いバージョンとメディアに対して懐疑的になってきていると。他にも「ピンカー エヴェレット」で検索するといいことあるかも。
http://edge.org/discourse/recursion.html

エヴェレットは元々チョムスキーに影響を受けていたそうで「チョムスキーは残らず隅から隅まで読んだ」そうなのだが、チョムスキーやピンカーとぶつかるようなピダハン語における数々の経験的発見は、多くの議論を巻き起こすことになった。

たとえば音声学の主流にけんかを売るような説を打ち出し、音声学の大物・ピーター・ラディフォギッドを呼び寄せてしまう。最初はラディフォギッドはエヴェレットの説に懐疑的だったが、ピダハンの村で共同で精密な調査を行った結果、エヴェレットの見解が支持されることになった。

チョムスキーの「リカージョン(再帰)は人間言語に固有の要素」という説もピダハン語ははみ出してしまう。ピダハン語の構造には関係節を欠いているのだ。ある言語でリカージョンが必要でないなら原理的にはいかなる言語でもなくてすませられるってことになっちゃう。

まだまだある。

ピダハン語には色の概念もない。赤だったら「あれは血みたいだ」みたいに表現する。

数の概念や計算体系もない。エヴェレットは算数を教えようとしたがピダハンは一人として10まで数えられるようにはならなかった。

また「ある記号を二回描いてくれ」と頼んでもまったく同じ模様が描かれた事はなかった。

左右の概念もない。「すべての」「それぞれの」といった数量詞もない(数量詞に近いのはある)。

ピダハンにゃ学校も 試験も 何にもない(ゲゲゲの鬼○郎のOPで再生推奨)。


また、ピダハンは実体験を重視する。
エヴェレットの布教活動に対しても「イエスの姿を実際に見たのか?」と聞き、そして「実際に」イエスを見たり聞いたりしたことのないエヴェレットの話には興味がないと宣言する。ここだけ読むと「お前はバートランド・ラッセルかw」と突っ込みたくなる。
ただ神や神話はないが精霊というのを信じていて、それは目に見える自然そのものだったりする。

ピダハンのユニークさは言語にとどまらない。

人名も時間がたてば「古くなったから」といって変えちゃうし、子供も対等な社会の一員として酒もタバコもやるし焚き火に近づいても親は黙ってみている。

こいつら未来に生きてんな(AA略)。いや、今のは冗談ですけれども。

最後にエヴェレットは、人類学やフィールド調査と切り離された言語学は化学薬品とも実験室とも切り離されて行う化学のようなもので、言語学は心理学に属するものではなく、人類学に属するものになるだろう、と主張する。

それにしても言語学の本としても重要なのは分かっちゃいるが、マラリアにかかった妻子を助けるべく屈強な男に向かっていったり、川で丸太のようなアナコンダに襲われかけたり、ブラジル人商人にそそのかされ酔っ払ったピダハンに襲われかけたり(何回死にかけてるんだこの人っていう)、タランチュラとゴキブリがうようよするところで30年も暮らし研究しているエヴェレット自身が強烈過ぎてどうしても言語学のほうが霞んでしまう(笑)*1

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

*1:実際エヴェレットの人生を描いたドキュメンタリー映画が製作され賞をとったりしているらしい。いやはや。