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科学と科学史について

藤村淳『科学その歩み』(東京数学社) 序章の要約


「人間は考える葦である」といったのはパスカルだった。しかし、人類と自然界の諸多の動物種とをこの理性もしくは思惟という点で区別することはそれなりに理由はあるが、一面的でもある。人間の理性は文明・社会に規定されており、その文明社会も精神活動から生まれてきたわけではない。何が人間をして「理性をもつもの」たらしめたかは「考えること」より「つくること」だったといえる。

人間文明の初期は技術は存在しても科学は不在だった。経験の蓄積を通じて「ものをつくりだすわざ」が整った後、分析と思考を通じて、科学が芽生えていったのである。しかし、初めはまだ科学は思惟に、技術は実践にと分離されていた。やがて技術が進歩するとその刺激によって科学も進展し、資本制生産が確立する頃には、互いを源泉とし合う緊密な関係になっていった。

また科学は技術と並んで思想的基盤の上に立っている。科学のそもそもの出発は、生活経験の中でえられる諸事象の間の、何らかの関連に気づくことに発している。原因と結果の結合という因果関係の中に把握したとき西欧科学の源が開かれた。こうした自然法則の認識が、より体系化されたものに進む過程で、それは機械論的思惟、決定論的思考などといった思想をも形成することになる。これは科学のもつ思想的側面である。

科学の基盤をなす技術も思想も社会的であり、実践する人間も社会的存在である。科学は技術を通じ、あるいは直接社会のさまざまな側面と深く関わるようになっている。