アレックス・ローゼンバーグ『社会科学の哲学』

Alexander Rosenberg "Philosophy of Social Science 4th edition"

科学哲学では線引き問題とか理論的対象の実在論争の他に、個別科学の哲学といって「生物学の哲学」とか「心理学の哲学」なんて分野がある。本書は「社会科学の哲学」のイントロダクション。

初期の科学哲学というのは主に理論物理学を分析対象にしていて科学という営みの性質を見落としていたという経緯がある。今はそれほどでもなくなったけれどまだ「自然科学」を分析対象にした科学哲学に偏っていて、そんな中科学哲学者が社会科学に目を向けるようになるのはいい傾向だと思う。

というのも社会科学界隈ってどうも「エヴィデンスがねぇぞゴルァ」みたいなツッコミをよく見かけて、そういうツッコミが有効な局面もあるとは思いますけれども、それとは別に、たとえば議論を再構成して、整合性の検討をしたり、使われている概念の吟味をしたり、非明示的な含意を取り出したり…という手の加え方もあると思うのですよね。

もくじ

1社会科学の哲学とは何か
2方法論的な分かれ目:自然主義 vs 解釈
3人間の行動の説明
4志向性と内包性(intentionality and intensionality)
5行動科学における行動主義
6合理的選択理論の諸問題
社会心理学と社会の構築
8哲学的人類学
社会学と心理学におけるホーリズムと反還元主義
10リサーチプログラムとしての機能主義
11社会生物学か 標準社会科学モデルか
12文化的進化の諸理論
13社会調査における研究倫理
14人間科学における事実と価値
15社会科学と 残り続ける哲学的な問い

2〜12章は、人の行動の説明の自然主義と志向的語彙(信念とか欲求など)をつかった説明の対立、方法論的個人主義や、宗教や結婚といった「社会的事実」に訴えるデュルケームの機能主義あるいはホーリズムジョン・サールの議論、はてはダーウィン主義社会科学まで、社会科学の諸説の長所や限界を解説し、欠点を克服するために彼らは何を示さねばならないか、といったことが述べられる。まあ、それほどテクニカルな議論が扱われているわけではないので、ごりごりの社会科学者が読んで物足りなく思うことはあるかもしれない。とはいえ社会科学に通じていない読者はその歴史を鳥瞰することができる。8章では批評理論やフーコーブルデューあたりも扱っていて、英語圏の哲学者なのに大陸系の議論によく通じていることにちょっと愕かされる。

13章〜15章は、人(動物)を対象にした実験に関わる研究倫理的問題や社会科学が倫理学と密接な関係にあることが言及される。たとえばローゼンバーグはアマルティア・センによる、経済学における「規範/記述」が互いに独立だとする前提への批判的検討に触れ、「モラルコミットメントが社会科学の中心的な特徴なら、なぜこんなにも社会科学と自然科学が異なるのかの説明にもなろう」と述べる*1

本章では、社会科学者が社会科学を追及する上で、認識論、形而上学倫理学といった哲学的問いに与することは避けられないという主張を吟味する。(…)これらの問いは社会科学のdisciplinesが決着することのできない問いではあるが、しかしその回答は社会調査の方向性と展望に相違を生むような回答である。(p293)

15章の最後では、ローゼンバーグが本書の狙いについて、ウェーバーデュルケームディルタイとコント、ミルとマルクスヘーゲルホッブスといった学者の名前をあげ、社会科学の論争はほとんど常に伝統的な論争のニューバージョンであるということを示すこと、そして社会科学の問題がいかに認識論や倫理学といった哲学の問題と関わりがあるかを示すことにあった、と述べている。

読者によっては「〇〇がでてこねえぞゴルァ」とか細かいところで幾多あると思うけど、現代科学哲学のビッグネームの著書であることだし、日本語で読める社会科学の哲学の本がほとんど出てない今、平易に書かれていて読みやすいのでこの分野に興味持ってる方にはかなりおすすめできる。

Philosophy of Social Science

Philosophy of Social Science

*1:それ自体で価値論的ではないような、経験的探求によって得られた記述というのを否定しているわけではない